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やりたいことより、やり残しのない人生|「ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語」が問いかける幸せ

Netflixで配信中の
「ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語」を観ました。

いかにも韓国らしい、少し長くてインパクトのあるタイトル。
でも私は、そのタイトルに引っかかりました。

“なぜ、わざわざこう名付けたのだろう?”

学歴社会、大企業に勤めることが正しいとされる世界で、それをそのままタイトルにする意味とは何なのか。

気になって観始めたこのドラマは、
企業に属するすべての人に刺さる物語でした。

大企業に勤めるキム部長は、学生時代から「一番」を目指して努力し続けてきた人。
本部長になるために上司の顔色を伺い、休日はゴルフや飲み会に付き合う。

会社に尽くし、出世を目指す、いわゆる“理想的なサラリーマン”。

大学生の息子には「いい大学に行き、いい会社に入ることが正義だ」と語る。

どこか時代錯誤で、でも妙にリアルで、少しコミカル。
だからこそ憎めない!

順風満帆に見えた彼の人生は、ある出来事をきっかけに崩れ始めます。

会社のために尽くしてきたはずなのに、振り返ったとき、自分の人生に何が残っているのか分からなくなる。

その姿は、決して他人事ではありません。

私はこのドラマを観ながら、ずっと考えていました。

働くって、何なんだろう。

出世することがゴール?
大企業に勤めることが正解?
稼いだお金で家を買い、子どもを一流大学に入れれば、それで人生は成功?

では、その先は?

キム部長自身は、何をしたかったのだろう。

その問いを考えたとき、私の頭に浮かんだのが
「やりたいこと100を書こう」という自己啓発でよくある方法だった。

億万長者になる。世界一周する。大きな家を建てる。

大きな夢を持つことは素晴らしい。
でもアラフォーになった今、私は少し違うことを思います。

やりたいことを増やすことより、やり残しのない人生をどう送るか
のほうが、大切なのではないか。

その答えが、最終回のラストシーン。

勝ち組のレールから外れたように見えるキム部長が、夜の公園で奥さんと歩幅を合わせてゆっくり歩く。

特別な会話はない。
でも穏やかで、静かで、あたたかい時間。

もし彼が出世街道をそのまま進んでいたら、この時間はなかったかもしれない。

本当に守るべきものは何だったのか。
ドラマは答えを押し付けず、ただその姿を見せてくれました。

会社のため、家族のために歯車になり続けることが正しいとされがちな世代。

でも、一度立ち止まって考えることは、負け組でも甘えでもないと思うのです。

お金は大事。
でも、お金だけでは手に入らないものもある。

前だけを見るのではなく、隣で歩幅を合わせてくれる人の存在に目を向けること。

その幸せを守るために、自分はどう生きたいのか。

私はアラフォー独身。
守るものも、背負うものも多くはありません。

だからこんなことが言えるのかもしれない。

でももし、このドラマを観て
「ああ、こうはなりたくない」と少しでも感じたなら。

今の進み方でいいのか、一度、自分に問いかけてみてもいいのかもしれません。

ちなみに私は、歩幅を合わせてくれる人がまだいないので、
キム部長、結局幸せ者じゃん…と思いましたけどね(笑)

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